ヒストリエ 第1話 地球儀について

<ヘビ>
「ヘビ」
「”ヘビ”と言えば、ここで青銅のヘビを拾った」
「とするとここが全ての始まりか?」
「………いや!」
こんなセリフとともに、海岸を歩く一人の青年の姿から第1話は始まります。彼が主人公のエウメネス。この「ヘビ」ですが、しばらく後に物語に再登場します。
ヘビはとある宗教を象徴する生き物です。

<アリストテレスとヘルミアス>
物語はアッソスの街に移ります。
アッソスは今のトルコにある地中海に面した美しい街で、今は観光地にもなっています。ギリシアの植民市(ギリシアの人がよそに引っ越しして作った町)の一つで、物語の冒頭で拷問を受けているヘルミアスが支配している街です。
アリストテレスとヘルミアスの二人は以前、こちらも大哲学者のプラトンの下、アカデメイアという学校で一時期一緒に学んでいました。学生時代からの友達だったんですね。
恩師であるプラトンが亡くなったのと前後してアリストテレスはアカデメイアを去り、ヘルミアスを頼ってアッソスを訪れてそのまま滞在。そこで学問に打ち込みます。
地方で一旗上げて金持ちになった友達に居候させてもらい、生活に心配のない環境で好きなことに打ち込む。
理想的な生活ですね。うらやましい。。。

娘に拷問する兵士らしき男を制止して、メムノンという男がここで登場。
ロドスのメムノンと呼ばれるギリシア人の傭兵隊長だと思われます。
当時、ギリシアは都市国家同士の戦争なんかが続いたせいでかなり落ち目になっていました。農地も荒れてしまい食べていけないので、職を求めて兵士として外国にお金で雇われる者が多くいました。
メムノンはこの時点でペルシアに雇われていました。当然、ギリシアとペルシアが戦うことになれば、戦場でギリシア人同士で戦うことにもなります。

メムノンは痛めつけられているヘルミアスについて「この人に娘はいない。宦官だからな」と発言しています。経緯は分かっていませんが、このヘルミアスさんが宦官だったのは事実のようです。
宦官とは、簡単に言うと去勢された男性のことです。もっと平たく言うと〇玉を取ってしまった男性のことです。去勢されているので、自分の子供は作れません。
子供を作れないというのは、宦官を雇う側にとってはメリットがあります。雇い主の奥さんに近づけても浮気される心配なし。子孫が作れないので、たとえそれなりに権力を持たせても、その子孫が権力を持ち続けることもない。支配者階級にとっては便利な使い捨ての要員として重宝されました。
少し脱線すると、この宦官という人達は、中国なんかだと国を傾けてしまうレベルで悪い意味で大活躍します。権力者が幼い頃から側に仕えているので、権力者からの信頼も得やすい。その信頼を利用して、うまくいけば国を自分の思うようにも操れた訳です。それでも宦官への需要はあったらしく、中国では清朝末期まで存在しました。
この物語でも、後にバゴアスという宦官が出てくることになるかと思いますが、物語の超重要人物の愛人として歴史にその名を残しています。

<アッソスからの逃亡>
ヘルミアスはペルシアに捕らえられ、アリストテレスはペルシアの追手に追いかけられることになる訳ですが、なんでペルシアに追われているの?ということについて少し解説します。
ペルシアは当時、世界の超大国でした。それに比べるとギリシアは辺境の一つの勢力に過ぎませんでした。学校で勉強する世界史の教科書は西洋人の視点から書かれいることが多いので勘違いしてしまいがちですが、国力には圧倒的な差がありました。
この物語の100年以上前にペルシア戦争という戦いがありまして、ギリシアに攻めてきたペルシアの大群をギリシアの諸都市がなんとか撃退しています。
ギリシアからしてみれば、国家の存亡を賭けた戦いだった訳ですが、ペルシア側からすれば、辺境の民族の盗伐に失敗したくらいの扱いでしかありません。
そして、ペルシアのギリシア討伐が失敗した結果、アッソスを含む小アジア地域はギリシア勢力とペルシア勢力の微妙なパワーバランスが続きます。

この時代、国と国との間に今のような国境線のようなものはありませんでした。ギリシア勢力とペルシア勢力の接するあたりにはギリシア派の植民地とペルシア派の植民市が混在する形になっていました。
アッソスもギリシアの植民市の一つですが、そのあたり一帯はペルシア帝国の支配地域とも重なります。微妙な立場なんです。
アッソスとしても敵の住むところで商売をやっている訳なので、一応はギリシア側とは言え、ペルシアとも付かず離れずの微妙な距離感でやっていくしかない。
当時のアケメネス朝ペルシアはおおむね寛容な政策をとって支配地域にいる異民族にも自治を認めていたようですが、あくまで異民族同士の交流ですので、この微妙な距離感が崩れてしまったときには少々荒っぽいことも起こります。
そんな状況下でヘルミアスはギリシア人傭兵であるメムノンによってペルシアに囚われてしまいます。

ヒストリエ1巻を見る限りだと、見ようによってはアリストテレスを逃がすためにヘルミアスが拷問を受けているようにも見えますが、実際のところは因縁つけられて先に捕らえられたのはヘルミアスです。
自分は捕まってしまったけれでも、せめて友人であるアリストテレスが逃げ切るまで拷問に耐えようという、健気なヘルミアスを描いたのがこの場面のようです。
当のアリストテレスはその間、のんきにトロイア遺跡見学。。。
命がけで、痛い思いまでして時間稼ぎしてくれてんのに観光旅行。。。
物語には描かれていませんが、ヘルミアスはその後、死刑にされてしまいます。

ちなみに、アリストテレス先生と一緒に旅をしている少し生意気な若者は名前から推測するに、歴史家のカリステネスだと思われます。
彼のお母さんがアリストテレスの姪にあたるので、カリステネスから見るとアリストテレスは大叔父にあたります。
大哲学者の親戚のおじさんと食う寝る学問の毎日を送っていたんだけど、なんか政情がやばくなって来たので、ペルシアの支配地域からギリシアに逃げ出している最中といったところでしょうか。
また、彼も東方大遠征に従軍歴史家として参加していることから、どこかでヒストリエに再登場するのかも知れませんね。

<第1話まとめ>
「紀元前343年- 哲学者アリストテレス アジアからヨーロッパへ逃げ戻る」と物語は結ばれますが、このあたりは作者の創作が少し入っています。アリストテレスはトロイア遺跡経由でそのまま海峡を渡って、カルディアのあるヨーロッパに移動したのではなく、もっと手前で西にそれて、エーゲ海のレスボス島に向かい、そこでしばらく滞在しました。この滞在で動物誌などの著作を残しており、そこで結婚もしています。
ちなみに、レスボス島(Lesvos)はレズビアンの語源になったと言われている島で、自身も同性愛者であった女流詩人サッフォー(サッポー)の出身地です。

アジアからヨーロッパへ渡ろうとしていたエウメネス。途中でこの物語の重要人物の一人であるアルキメデスと出会い、行動を共にすることになります。アルキメデスとの会話を通して、当時のギリシア人の世界観が少し見えます。
ただ、この時点ではエウメネスがなぜアジアにいたのかも、なぜヨーロッパに渡るのかも説明されていません。

記念すべきヒストリエの第1話の最後の会話。
「次に海峡を渡って来るのは多分…」
「哲学者じゃあないわね」
「あの男か?」
「うん…あの男」
あの男=フィリッポス2世の事を指しているのでしょうね。
当時のフィリッポスはアラフォー。着々と実績を積み重ねて脂の乗った時期です。
マケドニアを強国に押し上げ、周りの異民族を従え、ギリシアの植民市の切り崩しの真っ最中。この時点だと、攻めて来るのは当然、彼だと思いますよね。
でも、実際には更に強力な、世界史に名を残す人物が攻めてきます。

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