ヒストリエの風景

<ヒストリエとは>
岩明均氏が「寄生獣」で漫画家デビューする前から構想を温めていたという作品。
アレキサンダー大王に仕えた書記官・エウメネスを描いた作品です。
「ヒストリエ」は2020年11月現在で、11巻まで出版されており、岩明均氏の代表作である「寄生獣」の全10巻を現時点で超えています。
後述する大問題をクリアできれば、おそらくは氏の代表作になるかと思います。

<エウメネスってどんな人?>
このエウメネスという人物はアレキサンダー大王のお父さんであるフィリッポス2世の代から書記官としてマケドニア王家に仕えました。
今から2300年以上前の話です。

アレキサンダー大王は有名ですね。歴史の教科書には必ず出てきますし、世界の軍事史を語る上では必ず出てくるような超有名人です。
歴史上の軍人で誰が一番か?というようなランキングをすれば、常に上位に上がってくる人物で、マケドニアという今のギリシアの一部にあった小さな新興国から、当時の世界最強国家であるペルシアを倒して、今のインドあたりまで大遠征しました。東方大遠征と呼ばれています。
このときにペルシアなどのオリエント世界にギリシアの文化が融合してできた文化をヘレニズム文化といいます。これも世界史の教科書に載っていたので、特に歴史なんかに興味ないわ~という方の中にも聞き覚えのある方もいらっしゃるかと思います。

<書記官として就職>
マケドニア王国で、書記官という文系なお仕事をしていたエウメネス。実はこの書記官という仕事はマケドニアにおいては意外と偉い仕事でした。
書記官という何かを記録しているだけのような一見地味に見えてしまう仕事がなぜ偉いかというと、国のトップである王の側に常に従い、側近として政策に関わることになるからです。
国家機密に直接関わることになる仕事であるためマケドニアにおいては、有能でありかつ高潔であることが求められる重要な仕事でした。
単に書記として「記録を残すだけの簡単なお仕事です」という訳ではないのです。

<なんか知らんうちに指揮官もやらされる>
エウメネスはフィリッポスの元で7年、その後にアレクサンドロスの元で13年、合計20年の間、マケドニア王国に仕えます。
書記官として王に仕える中で、とても雇われ外国人では就けないような、軍の重要な役目を担ったりもします。
王の近くに仕えるうちに、その才能を認めらて、より重要な役割を担うようになったのだと考えると割としっくりきますが、そのあたりの経緯についての記録は残されていません。
外国人であり書記官という文系の職業であるにもかかわらず、騎兵の指揮など軍事のお仕事も任されています。ただの書記の兄ちゃんに軍隊の指揮は任せないだろうということで、その前から軍事的な才能を認められていたのではないかと考えられている訳です。
これが、マケドニア貴族出身であったりするならば話は別ですが、当時のエウメネスの立場からすると出世するにはその実力を認められていたと考える他はない訳です。それにその後も随所で有能なところを見せていますから、その評価も妥当だったのでしょう。
しかしながら当然、古くからのマケドニア人幹部からすれば面白くない。雇われ外国人のくせに自分たちより優遇されていることに不満を持つ。嫉妬もされる。
エウメネスはそんな声を実力を示すことで黙らせていく訳ですが、このマケドニア人からの嫉妬や不満の声は後々までエウメネスの足をひっぱることになります。

<王の後継者の一人として>
書記官として王家に仕えたエウメネスですが、最終的には自ら軍を率いてディアドコイ(後継者)戦争を戦うことになります。記録する側から、自分が歴史を作る側に回ることになった訳です。
ディアドコイ(後継者)戦争とはアレキサンダー大王の死後に起こった、大王の後継者を争う戦いのことです。
「最強の者が帝国を継承せよ」という超無責任な発言を残して亡くなったせいで、彼の巨大になり過ぎた帝国は分裂してしまいます。
アレキサンダー大王の部下だった将軍たちが大王の死後に誰がその後継者になるかをめぐっておよそ40年にも及ぶ戦いをくり広げることになったのです。
そして、エウメネスもそのディアドコイの一人としてその後の争いに参加していくことになります。

<前半生はよく分かっていない>
そんなエウメネスですが、書記官として就職する前、軍人として活躍する前、その前半生の記録はほとんど残っていません。何と言っても、エウメネスは今から2300年以上前の人なので、当時はあったかも知れない記録の多くが、残念ながら失われてしまっています。
彼が外国人だったこと、元々やっていた仕事が書記官という、記録される側ではなく記録する側の職業だったこと、そもそもの記録自体が多くなかったことも原因の一つかも知れません。
かろうじて、プルタルコス、ネポスといった人が書き残してくれてた記録があります。
その記録もエウメネスが活躍した時代から300年ほど後になってから作られたものなので、当時もあまり細かい情報は残っていなかったようです。
なんとか、当時現存していた書物から引用したりして、書き残してくれたもののうち、おそらく確かであろうと考えられるものは以下のような内容です。
 ・カルディア(今のトルコの一部。ギリシアのお隣さん)出身であること。
 ・フィリッポス2世の時代にマケドニアに雇われたこと。
 ・マケドニア人からは外国人(マケドニア人ではない)として扱われたこと。

<就職の経緯も分かっていない>
マケドニア王国に就職した経緯についても諸説あって、定かではありません。
プルタルコスは、たまたまエウメネスの子供の頃の活躍を見たフィリッポス2世に気に入られたという説と、エウメネスの父親とフィリッポス2世が知り合いだったという説の2つを取り上げています。
プルタルコスは知り合いだったという縁故採用説の方を押しているようですが、本当のところは良く分かりません。
ちなみに、ネポスの記述によるとエウメネスは故郷では名の知れた家柄の出身だったということです。書記官をやっているくらいですから、一定水準以上の教育を受けていたことが伺えます。そうなると、それなりに裕福な家庭の出身だったと考える方が妥当なようです。

<古代ギリシアの描かれ方>
他の方もすでにテレビやブログなどで指摘されていますが、この作品って古代ギリシアを舞台にしている割には、描かれ方はあまり古代ギリシアっぽくありません。話し言葉も現代風です。
キャラクターの見た目も西洋っぽくないというか、薄い顔をしています。いわゆるしょうゆ顔。
この物語ではエウメネスはスキタイ人という設定になっていますが、スキタイ人ってイラン系の遊牧民と言われていますので、実際はもっと彫りの深いソース顔の男前だったのかも知れません。

エウメネスが生きた当時のギリシアの常識は今と全然違うところがあって、それこそ「文化がちがーう」世界でした。
例えば、当時のギリシアでは人は自由市民と奴隷に明確に分かれています。自由市民=人。奴隷=奴隷はモノ言う家畜。金品で売買される存在です。
これについては当時の感覚では当たり前すぎて、当時はこれに疑問を持つ人の方がむしろ変人です。人を自由市民と奴隷に分けるなんて、今なら完全に差別ですけどね。

多くの人が奴隷制度については「必要だし、そういうもの」と当然のこととして受け入れていた時代です。
哲学者のアリストテレスも当時のごくごく一般的な感覚として奴隷制について発言しています。当時の常識人としての発言です。それに対してエウメネスが「それってある種、差別的発言じゃないですか?」と指摘しているシーンがありますが、これって当時の感覚ならばありえない非常識な発想になります。
現代に生きる我々と当時の感覚のギャップを埋めるために、作者が意図的にエウメネスに言わせているセリフなのではないかと思います。登場人物に語らせるのではなく、補足として解説を入れるパターンもありますけど、あまりやり過ぎると説教臭くなる。
物語の中で、誰かに言わせた方がしっくり言葉が入ってくるように感じます。

<ヒストリエの一番の謎>
史実を題材にしている以上、有名な人物がいつ死に、いつどんな事件が起こるか、そんな事は調べればわかってしまいます。
ヒストリエの一番の謎は、物語の完結はいつになるのだろうか?
いや、完結するのか?というところではないでしょうか。。。
そもそも、エウメネスが活躍するのは、アレキサンダー大王の東方遠征から。
本領を発揮するのは、ディアドコイ戦争と呼ばれる、アレキサンダー大王の後継者を争う戦争においてです。

月刊アフタヌーンへの連載は休載も多く、最近(2020年現在)の連載は2か月に1回のペースです。
単行本は2004年10月に第1巻が出てから、最新の11巻が出たのが2019年の7月。
1年に1巻ペースですらない。。。
史実を題材にしているだけに、とんでも展開も難しい。
この後、大胆に時代を飛ばす訳にもいかないでしょうし。。。

次の連載はいつか?と待つ期間があまりに長かったので、色々考えてみた話、ちょこちょこ調べてみた当時のお話なんかについて徒然なるままに書いてみようと思います。

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