フィリッポス2世の軍事改革<騎兵の活用>

<騎兵とは>
騎兵を一言で言うと、馬に乗った兵隊です。その馬に乗った兵隊を集団にして部隊として運用します。騎兵は馬の持つスピードを使って敵を攻撃したり、逆にそのスピードを使って敵から逃げることもできます。また、小柄な馬でも300キロ以上はありますから少数の歩兵であれば、騎兵の突進で蹴散らすことができます。
この騎兵という兵種は大きなメリットを持つ反面、実は非常に扱いずらい面も持っています。古代ギリシアの都市国家の間の戦争ではあくまで重装歩兵の補助的な扱いと見られていました。

<騎兵のメリット>
まずはメリットから見てきましょう。最初にあげられるメリットは移動速度の速さです。馬は現代の競走馬だと人を乗せた状態で時速70キロメートルぐらいで走ります。
さすがに、武装した兵士を乗せた当時の馬がそれほど速く走れた訳ではありませんが、重装歩兵が人が歩く程度の速度でしか移動できなかったとに比べれば圧倒的なスピードです。
瞬間的な速さだけではなく、馬は少し速度を落としてやれば、比較的長い距離でもスピードを保ったまま移動できます。この機動力を使って敵の側面を突いたり、背後に回ったりと戦場を広く使える訳です。
また、なんと言っても自分が好きなだけ攻撃した後に、好きなタイミングで逃げられます。相手の弱いところを急襲して、強い敵が来たらひたすら逃げる。ヒットアンドアウェイ戦法を取るには最適です。
最強のモンゴルの騎兵が取った戦術なんかが騎兵のメリットを最大限に生かしたものと言えるでしょう。突然に騎兵で近づいてきて、弓矢で一方的に攻撃、敵が反撃してくる前に逃げてしまう。つられて敵が追いかけてきたら、一目散に逃走。敵がつられて深追いしてしまったら包囲して殲滅。歩兵からするととんでもなく厄介な相手です。
スピードという圧倒的なメリットを持つ騎兵ですが、重装歩兵中心の古代ギリシアの都市国家の軍では、あくまで主力である重装歩兵によるファランクスの補助役として扱われていました。ファランクスのところでも少し書きましたが、重装歩兵は両サイドと特に後ろが弱点なので、そこが敵から攻められないように、そこに来た敵を排除するために騎兵は活躍しました。
一端、騎兵が敵の重装歩兵の背後に回るなどすると、無双できます。動きの鈍い重装歩兵の後ろからやりたい放題できる訳です。ただ、敵もそれをされたらやばいのは分かっているので、騎兵に突破されないように布陣します。

<騎兵のデメリット>
次にデメリットです。重装歩兵との相性の悪さです。騎兵は正面から敵の重装歩兵と戦うことはあまりありません。それは、騎兵は重装歩兵と正面から戦うには、相性が悪かったからなのです。
シミュレーションゲームなんかだと、騎兵は移動速度に優れているだけではなく、攻撃力も歩兵を上回ったりしますが、残念ながらファランクスを組んだ重装歩兵相手にはそううまくはいきません。がっちりとファランクスを組んだ重装歩兵に正面からぶつかっても騎兵ではまず勝てません。
馬は300~400キロくらいはあります。現代の大きい馬では1000キロくらいの種類もいるくらいです。その巨体で歩兵に突進します。なので、隊列を組んでいない歩兵が相手であれば蹴散らすこともできますが、ガッチリ隊列を組んで待ち構える重装歩兵を正面から突破することはまず不可能です。ハリネズミみたいに槍を突き立てた中に自分から飛び込んでいくことになるので、ある意味自殺行為です。
また、馬は元々すごく臆病な生き物ですから、そのハリネズミには突っ込もうにも突っ込めません。騎兵からすると、重装歩兵は正面から殴り合うには非常に相性が悪い相手なのです。ギリシアの諸都市では貴族を中心とした騎兵が戦争の主力であった時代もありましたが、市民による重装歩兵が登場してからは、重装歩兵が主力で騎兵はその補助役という位置づけになりました。
また、馬は非常にコストがかかります。最初にまず馬を手に入れなければなりません。お金を出して馬を購入するか、誰かから奪うか、自分か飼っている馬に子供を産ませるか、馬を捕らえて来て調教する必要があります。良い馬を手に入れたかったフィリッポス2世はテッサリア地方という良質の馬の産地を手に入れています。また、購入したら購入したでそいつが餌を食べ続けるので維持費がかかります。でかい体なので、たくさん食べますし、牛やヤギなんかの他の家畜と比べると割とグルメ。粗食に耐えられません。これは反芻動物か否かというところに関わってきたりもするのですが、あまりここにこだわると、生物学の話になってしまうのでこの辺りにしておきます。
それだけではなく、馬を乗りこなすためには時間というコストもかかります。戦場で自在に馬を乗りこなすためには、子供の頃から馬に乗る訓練をしている必要があります。鐙(あぶみ)という馬に乗るときに乗り手が足をかける道具があります。エウメネスのお母さんの形見で、メナンドロスさんに乗馬の訓練をしてもらうときに足を置いていたやつです。この時代にはこの鐙がなかったため、馬上で踏ん張ることはできず、馬に乗るときに両足の股で馬の体を締め付けて固定する必要がありました。そんな状態で馬に乗って戦場で武器を扱うとなると、かなりの訓練期間が必要でした。なので、戦場で自在に馬を操れるのは子供の頃から乗馬の訓練を受けることができた貴族の子弟もしくは、遊牧民など子供の頃から生活の中で日常的に馬に乗っていた異民族出身の兵士になります。このあたりは鎧と盾と槍を持たせればそれなりに様になる歩兵とは大きく異なります。大量の騎兵を運用したくても、急には増やせなかったのです。
そういう背景もあり騎兵は長い間、そのメリットは認められながらも主力兵器という扱いは受けていませんでした。

<鉄床戦術>
強力なメリットもありながらも、扱いずらく、金食い虫な騎兵ですが、ファランクスと組み合わせることで、最強の戦術の一翼を担うことができます。部隊を2つに分けて、一方が敵を引き付けている間にもう一方が敵の側面や背後に回って挟み撃ちにする作戦。これを鉄床戦術(かなどこせんじゅつ)と言います。
鍛冶屋さんが刀なんかを作るときに、土台の上に熱く焼けた真っ赤な鉄を置いて、ハンマーでトンカントンカンやりますが、その叩く形に例えてこんな言い方をされます。
この戦術を実現するには、頑丈は土台役とトンカントンカンと打ち付けるハンマーの2つが必要です。土台役はマケドニアの誇るファランクスが引き受けます。土台役は動きは遅くても良いのですが、敵の攻撃をガッチリ受け止めることができるだけの頑丈さが求められます。その点ファランクスは適任です。ハンマー役は敵の背後や側面にぐるっと回らないといけないので、素早さが求められます。これには騎兵が適任です。
敵は前方のファランクスと交戦中に弱点である背後や側面を騎兵に襲われる訳なので、これが決まれば大ダメージを負います。大混乱です。前方と後方に敵を受けてしまうと、逃げ場を失ってそのまま包囲殲滅される恐れもあります。
文字に書いてしまうと単純な作戦のように見えますが、土台役のファランクスはガッチリと敵を引き付けて足止めしないといけませんし、ハンマー役の騎兵は相手の背後もしくは側面に回らなければなりませんが、相手はそうやすやすとそれを許してくれません。色々な手を使って妨害してきますので、ハンマー役は妨害する敵を打ち破るか、隙間を見つけて潜り抜けるかする必要があります。
ハンマー役は失敗すると敵の背後にまわるタイミングで逆に自分が敵に包囲される恐れもあります。土台役とハンマー役の連携、タイミング命の作戦です。マケドニアでは、この土台役をパルメニオンが、ハンマー役をフィリッポス2世が請け負うことが多かったようです。
元々、ギリシアやペルシアでも使われていた戦術なのですが、フィリッポス2世は騎馬兵力を増強することでハンマー役の騎兵部隊を巨大なものにしました。この戦術は以降のマケドニアの得意技になります。
後に息子のアレクサンドロスはこの戦術に磨きをかけ、ペルシア軍を打ち破っていきます。こうして、マケドニア軍は騎兵を扱いずらい補助戦力から格上げして、新たな主力兵器として生まれ変わらせました。

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