マケドニア王 フィリッポス2世

<カルディアで出会った怪しいおっさん>
ヒストリエの超重要人物。ペリントスの商人アンティゴノスを名乗る隻眼の怪しいおっさん、フィリッポス2世。
当時のマケドニアにも後に後継者(ディアドコイ)戦争で活躍する将軍で、アンティゴノスという人がいます。その人も隻眼で、かつフィリッポス2世と同じ年の生まれです。エウメネスとも親交のあった人物だと言われています。
アンティゴノスって完全にそっちのことだと思ってしまいました。作者のミスリードに完全に踊らされました。まさに作者の思うつぼ。ちなみに、アンティゴノスという将軍、2020年12月号の時点ではまだ本編には出てきていません。
ネットにはフィリッポス2世⇒アンティゴノスって展開になるんじゃない?って説もちらほら上がっていますが、個人的にはそれはやめて欲しいですね。物語としては面白くなるのかも知れませんが、あまり史実から逸脱してしまうのはちょっと。。。。というのが正直な感想です。

<実は相当に有能>
このフィリッポス2世、非常に有能な人物でした。後にアレキサンダー大王が東方大遠征という世界史に残る大偉業をやってのけてしまうのですが、その土台を作ったのはお父さんであるフィリッポス2世だったと言っても過言ではありません。マケドニア王国という、当時そこそこの力を持った国を、ギリシア世界の大国に育て上げたのはフィリッポス2世です。大国を作っただけではなく、世界の軍隊と戦っても無双できるような強力な軍隊も作り上げました。例えば彼の編み出したマケドニア式のファランクス戦術はその後200年くらいは現役で使われています。まさに時代を作るイノベーションを起こした人でもあったのです。有能な実務家であると同時にイノベーター。なかなかこの両方の能力を併せ持った人はいません。
アレキサンダー大王が超有能だったのは間違いないですが、その活躍にはフィリッポス2世の残した資産が必要不可欠でした。フィリッポス2世の存在なくして、アレキサンダー大王の偉業はなかったと言ってよいでしょう。

<フィリッポス2世が王になるまで>
フィリッポス2世は王家の三男として生まれました。
父である王、アミュンタス3世が高齢で亡くなったとき、フィリッポスはまだ10代前半でした。お父さんが結構年をとったときに生まれた子供でした。
王位は一番上の兄であるアレクサンドロス2世が継ぎます。ちなみに、フィリッポス2世の息子であり、この物語にも登場するアレクサンドロス、後のアレキサンダー大王はアレクサンドロス3世です。フィリッポス2世の奥さんであるオリュンピアスの弟もアレクサンドロスです。この他にも同じ名前の人がたくさん出てくるので結構ややこしいです。エウメネスも同じ名前の人が何人かいて、ヒストリエの主人公であるエウメネスは他と区別するときには出身地の名前を取って「カルディアのエウメネス」なんて呼ばれ方をしたりします。
一番上のお兄さんは2年後に暗殺されてしまいます。次に王位を継いだのは二番目の兄であるペルディッカス3世。ペルディッカス3世が王家を継ぐタイミングでフィリッポスはギリシアの都市国家であるテーベにマケドニア貴族の子弟とともに送られます。10代半ばのフィリッポスは人質として外国で3年間を過ごすことになる訳ですが、人質と言っても囚人のような暮らしをするのではなく、マケドニアとテーベ両国の友好のための担保としてある程度自由に生活できていたようです。滞在先もテーベの有力政治家の家でした。人質というよりは、先進国への留学生という方が近いのかも知れません。
このテーベでの生活とそこでの出会いがフィリッポス2世の人生を大きく変え、後に世界の歴史を大きく変えていくことになります。
その頃、テーベは当時のギリシア都市国家の中での最強国であるスパルタに戦争で勝った直後でした。レウクトラの戦いといいます。
少し話は脱線しますが、この戦いで大活躍したのがテーベの「神聖隊」です。150組の同性愛のカップルで構成された部隊で、恋人の前でかっこ悪い姿は見せられないだろう、恋人の危機を互いの体を張って守るだろうということで設立されたそうですが、狙い通りテーベの最強部隊となって戦場で大活躍します。
レウクトラの戦いを指揮した、当時最高の軍略家であるエパメイノンダスやペロピダスがフィリッポス2世の滞在先となった家にもしばしば訪れていたそうです。まさに生きた教科書。当時最高の軍事の先生の話を生で聞くことができる。その機会を10代の多感な時期に得ることができた。最高のタイミングと言えるでしょう。
フィリッポスは自分の息子であるアレクサンドロスの学びの場として、アリストテレスを招いてミエザの学校を作りますが、自分自身も若くて感性の豊かな時代に最高の体験をしていました。
テーベの最盛期と言える時期にそのテーベに滞在した訳ですが、その頃の都市国家は都市国家同士の争いや内部での権力争いの結果、全体的に落ち目になってきていました。大衆に迎合した煽動政治家(デマゴーゴス)が幅を利かせ、衆愚政治に陥ります。
長らく続いた戦乱と政治の乱れのせいで田畑は荒れて、市民の中には外国の傭兵になるものも増えていくという始末。都市国家テーベの良い面も悪い面もその目で見たフィリッポスは後に王位に付いた途端に大胆な改革に着手するのですが、それにはテーベで学んだことが大きく影響したとは間違いありません。
テーベで暮らしているうちに王位についていた二番目の兄が戦死。フィリッポスはマケドニアに帰国することになります。お兄さんには息子がいたので、フィリッポスはその幼い息子を補佐してマケドニアを支えようとしますが、いつものように後継者をめぐる御家騒動が勃発します。王様が幼いので、王を補佐する人が実質の最高権力者ということになりますから、俺が俺がと権力を握りたがる人が何人も出てきます。
その揉め事の中、フィリッポスはライバル達を暗殺したり、金で懐柔したり、必要があれば軍隊を率いてでガチンコでつぶしたりします。そして、最終的には幼い王を押しのけて、自分自身が王位につきました。
フィリッポスの登場によってマケドニアの急成長が始まります。

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